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猫といる時間
- 2025.06.25 | ブログ
みどりが丘動物病院の大澤です。
今回は、猫と過ごす時間について、少しだけお話しさせてください。
専門的な話はちょっとお休みして、日々の診察の中で感じていることを。

■目次
1.目が合わない……でも、合っている
2.手を出すか、出さないか
3.病院の音に耳をすます
4.逃げ場をつくる
5.突然の“タッチ”
6.名前を呼ぶと、耳だけ動く
7.おわりに
目が合わない……でも、合っている
猫の診察というのは、犬とは少し違うテンポで始まります。
待合室からそっとキャリーが運ばれてきて、中から静かな気配がこちらを探っている。
扉を開けても、目は合いません。合わない……ように見えるだけで、ちゃんと見られています。
これはたぶん、「おまえは、信用に値するか?」という、いきなり始まる面接のようなものです。
だから私は、あることを心がけています。
目が合ったその瞬間——
「ニャッ」と、できるだけ自然に、短く小さく鳴いてみるんです。
人間の声帯では完璧には再現できませんが、猫たちはけっこうな確率で反応してくれます。
この「ニャッ」は、猫の世界ではごく基本的なあいさつなのだそうで、どうやらこれができない相手は、そもそも会話のスタート地点に立てないようです。
うまく通じたときは、少し表情がゆるむような気さえします。
さらに、もう一つ。
目が合ったら、ゆっくりとまぶたを閉じます。
これは「敵意はありませんよ」という猫界のサイン。
じっと見つめ返すのは、失礼を通り越して喧嘩の合図らしいので、うっかりしないようにしています。
(猫に「ガン飛ばしたな」と思われるのは本意ではありません)
そんなふうにして、診察は静かに、交渉から始まります。
手を出すか、出さないか

出てきたとしても、診察台の上に乗った瞬間、背中がスッと伸びて、次の動きに備えるように足先に力が入っています。
そんなとき、触るか触らないか、迷うことがあります。
触れてしまえば崩れるバランスがあるのを、猫は本当によく知っている。
だから、待つ。目線だけで伝える。
「大丈夫だよ」「怖いことはしないよ」
そうやって少しずつ距離を縮めていきます。
触れられるようになったら、そこからが診察の始まりです。
それまでの数十秒、あるいは数分が、いちばん神経を使う時間です。
病院の音に耳をすます
猫は、病院の音にとても敏感です。
遠くで鳴いた他の動物の声、扉の開閉音、紙の擦れる音。
私たちが気にも留めないような音に、ピクリと耳を動かす。
そういう姿を見るたびに、「ああ、この子にとってここは知らない世界なんだな」とあらためて思います。
だからこそ、できるだけ静かに、ゆっくり、慎重に。
猫にとっては、「なにをされたか」以上に、「どうされたか」が心に残るように感じます。
逃げ場をつくる

診察室には、キャリーごと入ってもらうことが多いです。
なぜなら、猫には「逃げ場」が必要だから。
人の腕に抱かれるよりも、自分の落ち着ける場所がそばにある方が、ずっと安心できる子もいます。
ある子は、診察中ずっとキャリーの中からこちらを見ていて、必要なときだけ一歩出てきて、終わるとまた自分で戻っていきました。
あの、静かな出入りの姿に、「この子なりにがんばってくれているんだな」と感じたのを覚えています。
突然の“タッチ”
猫との診察には、予測不能な瞬間がつきものです。
じっとしていたと思ったら、ふいに手が飛んできたり、あごを診ようとしただけで、背中から全力の“ニャッ!”が飛び出したり。
ある子などは、採血中はじっと我慢していたのに、終わって「がんばったな」と声をかけた瞬間、後ろ足でビシッと蹴ってきました。
「タイミングそこ!?」と思わず笑ってしまったのですが、
きっとその子にとっては、「もういいでしょ」の合図だったんでしょうね。
犬に噛まれたときも痛かったですが、猫にピシャリとされたときの“さすがです感”も、なかなかのものがあります。
名前を呼ぶと、耳だけ動く

飼い主さんが名前を呼ぶと、ピクリと耳だけ動く。
こちらが同じように名前を呼んでも、動かない。
でも、ちょっと声のトーンを真似して呼ぶと、今度は目だけこちらを向く。
こういう細かな反応のやりとりが、なんだかおもしろくて、そして、なんだかありがたいのです。
猫は、人に付き従う動物ではありません。
でも、こちらが敬意を払えば、ちゃんと関係を築いてくれる。
それがまた、たまらなく魅力的です。
おわりに
猫との診察は、まるで「静かな取引」のようなときがあります。
こちらがどう出るか、相手がどう受け止めるか、その一手一手に神経を使います。
でも、その緊張感の中で、少しずつ心を開いてくれると、それはもう、とても特別な気持ちになります。
言葉も、しぐさも、距離感も、犬とはまったく違いますが、猫の世界に入れてもらえるようになると、そこには深く静かな信頼があります。
今回の内容も、あくまで日々の中で感じていることです。
専門的な話ではありませんが、猫たちへのちょっとした“ごあいさつ”のつもりで書きました。
読んでくださって、ありがとうございました。
福岡市東区のみどりが丘動物病院
院長 大澤広通